アンパンマンとベーシック・インカム

当ホームページは、公共経済・教育研究者の古山明男著「ベーシック・インカムのある暮らし」をもとに、その思想とアイデアの普及およびベーシック・インカムの実現を目的に作成されたものです。

百姓は、人々が食べる野菜や穀物を取る為に、働き、
漁師は、人々が食べる魚を取る為に、漁をする。
教師は、生徒に教える為に、教える。
医者は、病人を治す為に、治療する。
それで充分なはずなのだ。
それ以外の動機はいらない。

(モモプロジェクト発起人・森真澄さんの言葉)

百姓や漁師なら、自分が作った米や野菜、自分が獲った魚を、おいしいと喜んで食べてくれること、教師なら生徒が分かったという喜びを感じてくれること、医者なら患者が元気になって喜んでくれること自体が、一番の労働の見返りでしょう。
それが、その仕事を選んだ理由でもあり、目的でもあったのではないのでしょうか…。

そこに、労働の見返りとしてのお金は必要でしょうか?

どうして労働の見返りがお金でなければならないのでしょうか?

「アンパンマン」の世界にはお金が存在しません。当然、労働の見返りとしてのお金もありません。人々が「ありがとう」と喜んでくれること自体を仕事の喜びとして、みんなイキイキと働いています。
「アンパンマン」が大人から子どもまで愛されているのも、その世界観に多くの人が何かしら真実を感じ、共感しているからではないでしょうか…。
一方、僕らの世界では、労働の見返りとしてお金が与えられ、そのお金がなければ生きることができない世界に住んでいます。
そのため、お金を求め、より多くのお金を得るために働くという歪んだ動機が、どうしても労働にまぎれこんでしまいます。
本来、労働とお金はまったく関係のないものだったはずなのに、どうして労働とお金が結びつけられなければならなかったのでしょうか?

お金儲けが目的となった時、人間は正しいことができなくなります。
生きるためのお金が足りなくて困っている時、人間はウソをつきたくなくてもウソつきになってしまいます。産地偽装、耐震偽装、食品偽装…数々のウソがありました。

お金が仕事から喜びを奪い、私たちの良心をも曇らせ、私たちの仕事の質と生産性を下げているとは言えないでしょうか…。

ジャムおじさんがお金のことを考えて、最高のパンを作れるわけがないと思うのです。
「○○産の小麦粉を使いたいけど、値段が高すぎて使えないなぁ。もう少し安くて、似た感じの小麦粉を探さなければ」「売上げ不振のパン工場を維持するためには、アンパンマン号を売却しなければ」とか、美味しいパンを作ってみんなに喜んで食べてほしいだけなのに、パン作りとは全く関係のないお金の問題に、頭を悩ませなければならなくなるのですから…。

あらためて、お金自身について考えてみることが必要ではないでしょうか?

その中に、感謝と喜びにあふれたアンパンマンの世界を実現するヒントが隠されているようにも感じるのです。

ぜひ、次のクイズに挑戦してみてください。その一問をきっかけに、お金について一緒に考えていきたいと思います。

お金について考えてみる 究極の一問

日本銀行が作り出したお金は309兆円ですが、一般に流通しているお金は1224兆円もあります(2015年6月時点)。つまり、日本銀行が作り出したお金の約4倍のお金が、市中にあるのです。1996年ですと、もっと膨らみかたは大きくて、約17倍ありました。
どうしてお金がそんなに増えるのでしょうか?

解答&解説

実は、都市銀行や地方銀行などの民間の銀行が、誰かの借金として何もないところからお金を作り出しているのです。
つまり、誰かがお金を借りてくれなければ、お金は発行されないわけです。
どういうことかと言いますと…。

普段、私たちが利用している銀行は、預金額の一定割合(仮に1%とします)を残しておけば、残りの99%までのお金を貸し出すことが認められています。

たとえば、あなたが1000万円の中古マンションを購入するために、ローンを組んだとします。銀行はローン契約に基づいて、あなたに代わってマンション販売会社に1000万円を支払ってくれます。その1000万円は、マンション販売会社の取引口座のある銀行に入金されるでしょう。すると、その銀行は新たに増えた預金の99%までを貸し出すことができるのです。その99%のお金も、再び、他のどこかの銀行に預金され、その銀行は99%の99%にあたる98.01%までのお金を貸し出します。するとまた、その銀行は…と、これらの行為が最大限に繰り返された結果、なんと、最初の1000万円は9億9000万円まで増やせるのです(このように銀行がお金を増やすことは、「信用創造」と呼ばれています)。
そして、もし、この取引きに関わった人たちが、全部の借金を返したならば、今度は、このシステムは逆に作動し始めて、9億9000万円だったお金は、最初の1000万円になってしまいます。世の中の借金がすべて返済されれば、皆さんの大切な預金もすべて消えてしまうということなのです。

このように、銀行の信用創造で生まれるお金を、銀行貸出マネーと呼ぶことにしましょう。銀行貸出マネーは、企業が、これから生産活動を行いたいという時に、新しくお金を創れるシステムです。好況でお金が必要なときは、どんどんお金が生み出されますし、不況でお金の必要が少ないときは、返済されるお金のほうが多くなります。たいへん柔軟であるという長所があります。なかなかよくできていて、高度成長する経済を支えることができました。

しかし、いくつかの大きな問題も潜んでいるのです。

お金について考えてみる 替え玉の一問

私たちはお金がないと生きていけません。お金がないと生きるために必要なモノが買えないからです。そして、私たちは働かなければそのお金を手に入れることができません。ということは、私たちは生きるために働くことが強制されていることになります(あえて強制という少し過激な表現を使っています。お金の仕組み自体の問題として、そのような力が働いていることを伝えたかったからです)。よくよく考えてみると、生活保護もやむを得ない事情で、働いてお金を稼ぐことができない場合にだけ支給されるものです。まず、働いてお金を稼ぐことが絶対条件なのです。
それだけではありません。ボランティアは世の中に素晴らしい価値をもたらすものだけれど、その労働でお金を得ることはできないでしょう。すべての労働がお金になるわけではないのです。つまり、生きるために働くことが強制され、さらにお金になる労働だけを選択するように、二重に強制させられているということです。
そこで問題です。
なぜ私たちはお金になる労働を強制されているのでしょうか?

解答&解説

借金を返済するときには、利子を上乗せしなければなりません。
これがお金になる労働を私たちが強制される原因です。
利子ぶんのお金は、まだ世の中のどこにも存在していないものだからです。
とは言っても、このことはとても見えづらいことなので、たとえ話を使って説明したいと思います。

昔々、自給自足をしながら、生活に不足するモノがあったときには、物々交換して暮らす100人の村がありました。
ある日、未来から一人の男がタイムマシンに乗って、その村にやってきました。
その男は物々交換の不便さを見て、何とかしてあげようと思い、お金の使い方を村人に説明し、持っていたお金を貸してあげることにしました。
最初は半信半疑だった村人も、実際にお金を使ってみると大変便利で、とても気に入りました。
今までの物々交換では、お互いが満足するよう話をまとめるために、大変な時間がかかっていましたが、お金があればスムーズに事は運びます。
お互いのニーズが合わないために物々交換できなかった取引きも、お金があれば成立するようになりました。持ち運びにも便利です。
こんなわけで、お金は村人たちの生活にすっかり定着しました。
そんな状況を見て、未来から来た男はこう言いました。
「私は皆さんにこんなに便利なお金を10万円ずつお貸ししました。だから、お礼として1年後には1万円ずつ利子というものをつけて返してください」
素直な村人たちは、彼の言うことはもっともだと思い、快くそれを受け入れました。
すると、1年後にはどうなったでしょうか…?
1人につき10万円ずつ貸したので、100人の村には1000万円のお金はあります。
でも、利子ぶんの100万円は存在しないのです。
それなのに、存在しない利子を返していくということは、いったいどうすればいいのでしょうか…?

ユーロ(ヨーロッパ共通通貨)の誕生に貢献し、地域通貨の研究者でもあるリエターさんの本に、とても興味深い記述があります。以下、その内容を分かりやすく要約します(マネー崩壊 ベルナルド・リエター著)。

銀行があなたにお金を貸す時、利子ぶんのお金をつくりません
銀行はただ、あなたにお金を貸しつけ、上乗せされた利子ぶんのお金を、誰か他人から奪い取らせるための戦いに送り込むだけなのです。
他の銀行も同じことをしており、このシステムであなたが利子ぶんのお金を奪い取るためには、誰かが確実に破産するようになっています。
簡単に言えば、利子という創造されていないお金を求めて人々は競争し、失敗者は破産によって罰を受ける仕掛けがここにあります。銀行があなたの返済能力を調べる時、彼らは「あなたが他のプレイヤーとの競争で勝つことができ、利子を奪ってくることができるのか」ということを判断しようとしているのです。私たちはただお金という交換をスムーズに行うための道具を得たいだけなのに、現在のお金のシステムは私たちに余計な借金を負わせ、お互いに競争させることになっています。

この世界が多くの人にとって厳しい世の中であることや、社会に出ると「慈善事業で商売をやってるんじゃないんだ」「世の中は甘くない」「理想だけじゃ人は生きていけない」「愛だけじゃ結婚生活はうまくいかないのよ」なんて言われるのも、これで説明がつくのではないでしょうか…。

つまり、常に利子ぶんのお金が不足する仕組みの中で生きている限り、僕らは永遠にそのお金を稼ぐための労働と経済成長が強制されるというわけです(自分には借金がないから利子とは無関係と思っている方も多いかもしれませんが、実は、知らず知らず、他人の借金の利子を支払わされています。なぜかというと、あらゆるモノやサービスの価格に、利子ぶんのお金はまぎれこんでいるからです。商品価格の三分の一から半分が利子だというドイツの研究もあります)。

また、世の中に出回っているお金のほとんどは、誰かの借金から生み出されたものだと、第一問で解説しました。
ということは、利子ぶんのお金も誰かが借金をしてくれないと調達できないということなのです。
もちろん、その新たな借金にも新たな利子の支払いがついてきますから、利子が存在し続ける限り、永遠に借金も増やし続けなければならないということなのです。

これではまるで利子の奴隷ではないでしょうか…。

J.P.モルガン銀行国際金融ディーラーだった大西つねきさんは、現在のマネーシステムがもたらす問題点について、次のように言います。以下、分かりやすく要約します。(希望~日本から世界を変えよう 大西つねき著)

みなさんも目(ま)の当たりにしたことがあるはずです。素晴らしい価値がお金にならないという理由だけで切り捨てられていくのを…。
おそらく、うすうす気づいていると思いますが、その原因もやはりお金の仕組みにあるのです。お金は誰かの借金として発行されますが、それは通常、それほど長い期間貸されるわけではありません。
基本的に銀行は短期的に利益を上げる分かりやすい事業にしかお金を貸さないからです。営利事業なのだから当然と言えます。
したがって、彼らがボランティアに貸すことはまずありません。短期的に利益を生む活動ではないからです。中小企業向けの融資(ゆうし)など、ほとんどは10年以内の返済です。つまり、それだけの短い期間に金銭的な結果を出さなければいけないということです。少なくとも利子ぶんのお金を上乗せして稼ぎ、元本と共に返済しなければいけません。それがお金の貸し借りのルールであり、当然と言えば当然なのですが、全てのお金がそうして発行され、それが社会を動かしていれば、それがそのまま社会のルールとなってしまうのです。
お金のルールのもとでは、金銭的な価値を生まないものは無価値とされます。それが、そのまま社会のルールとなれば、社会が金銭的な価値を生まないものを無価値と見なすようになるのです。

しかし、若い頃に下(した)っ端(ぱ)の労働者として働いた経験から、時代のトレンドをユニークな視点で予測した未来学者の故アルビン・トフラーさんは、それが間違いであることを指摘をしています。以下、引用します。

雇い主は従業員の親にどれほど依存しているかをめったに認識していない。筆者は企業経営者にこの点を認識してもらうために、品のない質問ではあるが、単純な問い掛けをすることが多い。「従業員が下のしつけを受けていなかったとしたら、生産性はどうなるだろうか」。これを「おまるテスト」と呼んでいる。企業経営者は普通、これを当然のことだと考えているが、実際には誰かがしつけたのである。まず確実に母親がしつけている。もちろん、子育ては下のしつけだけではない。何年もかけて、大量にエネルギーと頭を使って、子供が将来に仕事につけるように教育している。もっと一般的にいえば、他人と協力して働くために必要な手段を獲得できるようにしている。なかでも重要なものに言葉がある。言葉で意思疎通ができなかった場合、労働者はどこまで生産的に働けるだろうか(富の未来 アルビン・トフラー著)

なんと、子育てという無償の労働が、企業の生産活動を支えているのです。
こんなにも重要な役割を担う子育てなのに、無償の労働が経済取引と認められていないことから、GDP(1年間の国内全体の儲け)のような経済データの対象には含まれていません。つまり、子育てが生み出す莫大な価値はゼロと表示されているのです。だから、GDPのような経済データを見るだけで、経済を正しく判断できっこありません。
今日のように世界的に経済が行き詰っているのは、これらの無償の労働を無視してきたからではないでしょうか…。
今、日本のGDPは年間500兆円ですが、トフラーさんによれば、無償の労働が生み出す経済価値も同じくらいあるというのです。

子育てやボランティアは、短期的な利益をもたらすものではありません。だから、お金をもらえないのです。でも、長期的には、それなしでは企業の生産活動が成り立たないほどの大きな価値を、確実に社会に生み出しています。

だったら、その価値にふさわしいお金を発行し、今までお金にならないからと切り捨てられてきた、これらの無償の労働を支えるべきではないでしょうか?

そのお金こそ、現在のマネーシステムに足りなかったものではないでしょうか…?

ベーシック・インカムってな〜に?